投擲FAQ(よくあるギモンと答え)
これは私が実際に見たり聞いたりした疑問をまとめたもの。書いてて思ったが、やはり投擲種目に対するイメージは改善の余地がある。
また、マイナー競技ゆえ皆見識が浅く、侮られたり誤解されたりすることが多いのは遺憾だ。少しでも正しい知識、良いイメージを持ってもらうことが私の目標だ。
そう、だって投擲は面白いのだから。
質問一覧
投擲全般について
Q. 選手はなぜ投げた瞬間だけでなく投げた後も叫んでいるの?
Q. 80年代の記録、もっと言えば投擲の記録なんてほとんどおクスリでしょ?
砲丸投げ
円盤投げ
ハンマー投げ
Q. ジャイアントスイングが得意だけど、ハンマー投げやったら飛ぶかな?
やり投げ
Q. 知ってるよ、やりって飛びすぎて規格変更されたんでしょ?
投擲全般について
Q. 選手はなぜ投げた瞬間だけでなく投げた後も叫んでいるの?
A. 本能。筋力を最大限に発揮するためには、大きな発声が効果的なのは皆さんご存じだろう。
その観点からすると投げた後に叫ぶのは一見無意味に思えるかもしれない。
では何故か。それはリビドーがあふれ出しているからである。
経験者でないとわかりにくだろうが、快心の一投というのは選手からすると凄く気持ちの良い瞬間である。
このために競技しているといっても過言ではない。
スポーツに限った話ではないが、嬉しさのあまり大声を上げたくなった、思わず上げてしまったという経験は誰しも一度はあるだろう。
何か欲しいものがサプライズ的に手に入ったとか、意中の相手と懇ろになれたとか。
では果たして、その瞬間だけ、一瞬だけ声を挙げる人がどれほどいるだろうか。
それを考えると、この手の疑問が愚問であると気づいてくれるはずだ。
選手たちは理屈ではなく、本能で声を上げているのだ。
Q. なぜわざとファウルにするの?
A. 記録を残しても仕方ないから。投擲競技では飛距離に満足ができない時、サークル前方から退出したり砲丸投げの足留材に足を置いて故意にファウルを行うことがある。これは、その選手にとっては全く残す価値のない記録であり、目下の競技成績に影響しないという考えからくる行動である。
投擲競技には同記録で複数の選手が並んだ場合、セカンド記録以下(二番目、三番目…に良い記録)で順位に差をつけるいわゆる“タイブレーク”のルール1アテネオリンピック男子砲丸投ではこのルールが適用される非常に珍しい出来事が起きた。アダム・ネルソン(アメリカ)とユーリー・ビロノグ(ウクライナ)が21m16の同記録で並んだが、他の試技を全てファウルしセカンド記録が参照できなかったネルソンに対し、セカンド記録21m15を持っていたビロノグが勝利。なお、この大会から8年後の2012年、遡及的検体再検査が行われ禁止薬物に陽性反応を示したビロノグが失格、メダルを剥奪された。その結果、繰り上がりでネルソンが金メダルを授与された。が存在する。
そのため、当日のベスト記録には及ばずともセカンド記録として役割を果たしそうな距離でなければ自ら記録を消す、という当該行動に出る選手も珍しくない。
また、この行為により記録を計測する時間が短縮されるため、競技進行のテンポアップという側面もある。
しかし、これはあくまで義務ではなく選手の自由意志による選択行動であり、「こんな記録は恥ずかしいから消す」という心理的な要因もある。室伏広治のように、どんな記録であってもファウルにしない選手もいる。
Q. 計測員にハンマー、やりが当たりそうで怖い
A. 絶対にありえないわけではないが、まず起こりえないので安心して観てほしい。
確かに、トップ選手の投擲ともなると物凄い速度で投擲物が放たれるが、やりやハンマーでもせいぜい時速100kmを超える程度である。野球のボールであれば小学生並みの速度だ。
しかも投擲地点から70~80m離れたところでの計測。マウンドから直線的に投げられたボールを避けるのとはわけが違う。
学生時代に陸上をしたことがあるなら、必ず補助員というものに駆り出される。
学校の先生方による運営だけでは人員が不足してしまうからだ。
投擲の補助員は主に計測の補助か用具の回収。
私も補助員として何度か手伝ったことがあるが、かなり鈍くさい私ですら、投擲物に当たることなどなかった。競技者から目を離さず、放物線の軌道を注視していればまず当たることはない。
もちろん、計測は正確に行う必要があるから、できるだけ落下点の近くで待機せねばならない危険性はあるのだが……。
正直言って、あれに当たるのは余程のマヌケくらいのものである。
たまに学生の事故がニュースで流れたりするが、大半はよそ見をしていたり周囲の注意を怠ったなどの個人のミス。表面的な印象だけで「投擲は危険だ!廃止しろ!」と仰るのは止めていただきたいものだ。
Q. 選手たちがつけているあの白い粉って何?
A. 炭酸マグネシウム。日本人競技者の間では炭マグという略称で親しまれている。投擲物が滑らないようにするための粉。
重量挙げや体操などでも見受けられる。
投擲競技においては大会側が用意していることもあれば、選手が持参する場合もある。
Q. 80年代の記録、もっと言えば投擲の記録なんてほとんどおクスリでしょ?
A. 80年代の記録については、限りなく黒に近いグレーと言わざるを得ない。
何とも耳の痛い話である。特に女子の投擲はアンタッチャブルとも言える記録ばかりが上位を占めている。
男子90年代の主な記録には砲丸投げ(前世界記録 23m12 R.バーンズ,米国)とやり投げ(98m48 J.ゼレズニー,チェコ)があるが、前者のバーンズは2回ドーピング違反を犯し陸上界を追放された「真っ黒」な選手である。
何故未だに80年代の記録を残しているのか理解に苦しむが、記録を出した当時に禁止薬物を使っていたという証明ができないからだろう。
一方でやり投げのゼレズニーは現役時代もドーピングの噂とは無縁だった選手。世界記録も1996年と比較的新しい。
五輪3連覇、98mという傑出した記録から条件反射でドーピングと決めつける御仁もいるが、最低限の知識もなく印象論だけで語るのは控えていただきたい。
やり投げは投擲物が軽い(800g)ということもあり、ドーピングの恩恵は一番小さいと考えられる。
また、彼は歴代でも一番の技術を持っており、故障の多いやり投げで40歳まで現役を続けられたのは間違いなく洗練された技術と鍛錬によるものであるはずだ。
「バレてないだけだろ」
絶対に白だと言い切ることはできないが、そこまでくると最早悪魔の証明で同じことが現役選手や日本の選手に言えてしまう。
砲丸投げ
Q. 砲丸って何キロあるの?
A. 成年男子用で7.26kg(16ポンド)、成年女子用は4㎏。
男子はボウリング場の一番重い球と同じ重さ。
ダンベルの重さだけで考えれば重く感じないかもしれないが、手の大きい人や力の強い人でないと片手で持ち上げるのも辛かったりする。
「10キロのダンベルでトレーニングしてるから7キロなんて余裕っしょ」と思われた方は是非一度投げて見てほしい。
8m飛ばせればなかなかの怪力だ。
Q. 何メートル投げたらすごいの?
A. 決勝にいくためには21m、メダルを狙うなら22mといった感じ。
東京五輪の参加標準記録は21m10。五輪・世界陸上を通じ参加標準が21mを超えたのは史上初。
もはや出場するのにも21mが必須となってしまった。それぐらい今世界の砲丸投げのレベルが上がっている。
ちなみに日本記録は18m台で、世界とはまだまだ差がある。
リオ五輪金のライアン・クルーザーは「もし一般人の手に22mスローの圧がかかったら、間違いなく指の腱という腱が千切れるし、骨も何本か逝くかもね」と語っている。
それくらい大きな力が22mスローには必要なのだ。
Q. ボブサップが吉本陸上で世界記録超えてたけど?
A. 大きさ、他の芸人の記録を見るに投げているのは中学女子用(2.72kg)。
いくら怪力のサップといえど、素人が成年男子用(7.26kg)を23mは絶対無理。それができたらもはや人間ではない。
ただ砲丸が軽いとは言え、野球投げで23m飛ばすパワーは本物。ちなみに中山きんに君は15m投げている。これも十分凄い。
サップの投擲は砲丸投げのピットを飛び越え芝生手前のタータンに落ちたが、本職の選手はこれに近い距離をボウリングの一番重い球で投げているようなものである。
日本の競技場における砲丸投げのピットは小さく、世界の一流選手が投げるとピットの砂場に収まらないことが多い。
個人的にサップが投擲選手だったら面白いだろうなとは思う。技術をどこまで習得できるかは疑問だが。
2021年6月、31年ぶりに世界記録が更新された。R.クルーザーの投げた23m37はボブサップの23m30をも上回った。
遥かに重い7.26㎏で、である。これがいかに途轍もないことであるかよくお分かりいただけるのではないだろうか。
Q. 結局どう凄いの?
前述の通り、砲丸の重さはボウリングで使用される最も重い球─16ポンドに相当する。ボウリング場の助走路端(アプローチという)から一番ピンまでの距離がおよそ22m90㎝。
すなわち、世界記録保持者のクルーザーならばノーバウンドでピンに当てることができる(天井の高さは考慮しない)。
Q. 砲丸投げに必要な体格は?
A. 身長は最低でも180㎝、体重は120㎏は欲しい。砲丸投げの面白い特性として「大男が強いとは限らない」という点がある。
サークルが2.1mしかないため、190㎝以上の選手ではファウルをしないよう小さく小さく回る(またはグライドする)必要がある。
したがって、身体が大きくても必ずしもそのパワーを活かしきれるわけではないということ。
そしてこれが上は2mの巨人から下は180㎝前後の選手たちが争うという多様性につながっているのである。
ただ砲丸が重量物のため、投擲4種目の中で一番筋力がものをいう種目であることは間違いない。
管理人’s理想の選手
ライアン・クルーザー(アメリカ)
201cm, 145kg
リオ五輪金メダリスト,世界記録保持者(23m37)。回転投げは大柄な選手には難しい投法だと思われていたが、異常なまでの安定感でその常識を見事に覆した。22m突破回数は歴代一位。「回転投法の革命家」。
円盤投げ
Q. 円盤投げって女子のほうが飛ぶのはなぜ?
A. 円盤の重さが全く違うから。男子は2㎏、女子は1㎏しかない。
仮に男子が女子用を投げれば90mは超える。
ちなみに世界記録保持者のラインシュのほかに、東独のイルケ・ヴィルダという非公式ながら78m14というとてつもない記録をマークした選手が存在する。
Q. フリスビーみたく投げられる?
A. そんなことしても全く飛ばない。腕を振る向きも逆。
Q. 砲丸円盤投げとか同じようなのいらんわなくせ
A. 「同じような」という文言だけで観れば100m・200mの短距離のほうがよほど似ている。砲丸投げと円盤投げを兼業している選手もいるにはいるが、まず専門の選手にはかなわない。
そもそも2種目で世界大会に出場することすら非常に難しい。
ターンの動作が素人目には似たように見えるのは仕方ないにせよ、印象論で決めつけられるほど「同じような」種目ではないということはご理解いただきたい。
ちなみに砲丸投げ・円盤投げは近代オリンピック第一回大会から採用されている由緒正しき五輪競技である。
Q. 円盤投げに必要な体格は?
A. 身長195㎝、体重110㎏以上。手足が長いとなおよい。
ハンマー投げと違い、遠心力を生み出すものが生身の肉体しかない以上、リーチの長さがそのまま武器になる。
世界大会の決勝で180㎝代の選手がいたら「頑張ってるな」と思ってもらっていい。
ウィルギリウス・アレクナ(リトアニア)
200cm, 130kg
五輪・世界陸上二連覇、世界歴代2位記録保持者(73m88)。ウィングスパンが2m22㎝もありとにかく手が長く、そして脚も長い。おまけに筋肉質。
世界記録こそ持っていないが、2000年にあと20㎝と迫る記録を出した。実質的な世界記録保持者と見ても問題ないであろう。
ハンマー投げ
Q. 室伏の親父は五輪で勝つために外人の血を入れたんでしょ
A. 事実無根。重信氏が離婚しているという点だけ見て推測をするのは勝手だが、自分の妄想をさも事実のように語る人間には辟易するばかり。
そもそも仮に事実だったとして、重信氏に対する誹謗中傷のみならず、広治氏や由佳氏に対する侮辱に他ならない。
セラフィナさんの生活保護報道はあったが、お互い言い分はあるだろう。弱
者だからと言って彼女たちの主張を鵜呑みにすることが賢明であるとは言えず、結局真相は当事者たちにしかわからないのだから我々がとやかく言うものではない。
Q. 何回回ってもいいの?
A. サークルから出なければOK。ただサークルが2.1mしかないのでせいぜい5回転が限度で、ごくたまに5回回る選手もいる(イタリアのリングアなど)。
現在は4回転が主流で、室伏広治も4回転だが世界記録(86m74, Y.セディフ,ソ連)は3回転で出されたもの。
Q. ジャイアントスイングが得意だけど、ハンマー投げやったら飛ぶかな?
A. やってみないとわからない。
まず、ジャイアントスイングはその場で両足をそろえるようにしてグルグル回るものだが、ハンマー投げのターンは片足を軸にして回転する複雑なもの。
遠心力に耐えうる強靭な体幹、足腰そしてバランス感覚が要求される。そして習得には年月を要し一朝一夕で真似できるものではない。
あの室伏広治でさえ、当初は転倒していたのだから。
Q. 真の世界記録は室伏?
A. 人によって意見も様々だが、そう考えてほぼ間違いない。
2008年の北京五輪以降、ハンマー投げはドーピングの締め付けが強化された。
結果、シーズントップの目安となる83mはおろか80mを超える選手すらほとんどいなくなってしまった。
明るみになったのがそのタイミングだったというだけで、一部を除き元々この程度だったのかもしれない。
どうせなら86m投げて名実ともに世界記録保持者になってほしかったのだが、84mでも十分すぎるほどだ。
Q. ハンマー投げに必要な体格は?
A. 身長185㎝以上、体重105㎏以上。
骨太でどっしりした体格。ただし、ドーピング疑惑があれどセディフやリトビノフ(歴代2位)が180㎝前後であったことを考えると小柄な里のメリットはあると考えても良い(重心が安定するなど)。
管理人’s理想の選手
室伏広治(日本)
187cm, 98kg
五輪・世界陸上金。世界歴代4位(84m86)。体格は他の選手に比べて細身だがそれをカバーして余りある身体能力と投擲技術。ハンマーならやはりこの人しかいないかと。
日本人で五輪・世陸の二冠は室伏ただ一人。まさしく日本陸上界の至宝。
やり投げ
Q. 知ってるよ、やりって飛びすぎて規格変更されたんでしょ?
A. 俗説ではそうなっているが、もう一つ理由がある。
旧規格のやりは重心が後ろの方にあり、先端が地面に刺さらず滑っていくことが多かった。
これでは正確な落下点を判断することが難しく、時には数十センチ、数センチで勝敗が決まることもあるやり投げでは憂慮すべき問題であった。
そのため、重心を前方へずらし地面に刺さりやすくしたのが現行のやりである。
また、世界記録が旧規格で出されたものと誤解する人がいるが、規格変更の際記録は一旦リセットされており世界記録も現規格で出されている。
旧規格の世界記録はウベ・ホーン(東ドイツ)の104m80。規格問わず人類唯一の100mスロワーだ。
Q. やりって軽い?
A. 投擲種目の中では一番軽い800g。
実際手に持ってみると長い棒(2.5mほど)のため数値よりは重く感じる。
ただ軽量のため、センスのある人はすぐ飛ばせるようになることもある(室伏広治、ディーン元気など)。
Q. 俺ノーコンピッチャーだけど遠投だけは自身あるよ!
A. 頭をぶつけないように。
日本のやり投げでは野球部からの転向組が多く、一流スロワーにもたくさん野球経験者がいる。
世界陸上ベルリンで銅メダルを取った村上幸史は中学時代剛速球ピッチャーだった。
強肩という意味では適性はあるだろうが、野球の投げ方をやりで行うとやりの尾が頭にぶつかってしまうので注意しよう。
Q. 野球選手が転向したら結構いけるんじゃね?
A. 最終的には適正次第。
かつてアメリカにブロー・グリアという選手がいた。
野球のボールで時速98マイル(160㎞弱)を投げる肩の持ち主で、メジャーリーグからスカウトが来たこともある。彼はそのスカウトを蹴ってまでやり投げを続けた。
グリアの生涯ベストは91m29と立派なものだが、世界大会での最高成績は世界陸上大阪大会の銅。
彼の技術は率直に申し上げると非常に拙いもので、結局最後まで正しい動作を身に着けることはできなかった。
どれだけ素晴らしい肩を持っていても技術が身についていなければ、大舞台で力を発揮しきることが難しいということがお分かりいただけるだろう。
Q. やり投げに必要な体格は?
A. 身長180㎝前後、体重80㎏以上。
投擲物が軽く、野球が盛んなことから日本人に最も適した投擲種目だと言える。
やり投げは技術と肩の強さが物を言う競技。筋骨隆々の選手よりも一見細身の選手のほうが遠くに飛ばすこともしばしば。
管理人’s理想の選手
ヤン・ゼレズニー(チェコ)
186cm, 87kg
五輪三連覇、世界記録保持者(98m48)。細身の選手だが、90mの突破回数を見ても歴代で頭一つ抜けている。傑出度で言えば短距離のボルトと遜色ないレベル。
人呼んで「やり投げの神様」。