世界陸上ブダペスト開幕を間近に控え、世界各地が代表選考会のシーズンに入っている。既に代表を内定させた選手も多数。
当記事では主な選考会を紹介する。
ジャマイカ選手権
男子円盤投げでは今季好調のトラベス・スマイクルが66m12で優勝。65m92で二位につけたのが同じく好調のロジェ・ストーナで、この種目第一人者のフェドリック・ダクレスは65m79で三位に滑り込んだ。
三人とも既に世界陸上参加標準は突破しているため、この時点で代表内定が決定した。
東京五輪代表のチャド・ライトは61m37で6位に終わり、三大会連続の代表入りはならなかった。また、この大会では6位のライトまでが61mを超えており、ジャマイカ勢の層の厚さを感じさせる。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7196499?eventId=10229620&gender=M
全米選手権
貫禄を見せた二人
男子円盤投げでは東京五輪8位のサム・マティスが貫禄の投擲。2投目の65m58でトップに立つと、4投目に今季学生王者のターナー・ワシントンが65m60を投げわずかに逆転。しかしさすがは歴戦のベテラン選手、5投目に65m93を投げてすかさず再逆転を果たす。
ワシントンの最終投擲はファウルに終わり、マティスが世界陸上三大会連続入りの代表内定を決めた。今季も67m49をマークし好調のマティスは、ドーハ,東京,オレゴンいずれも決勝進出を果たしている実力者。
今季世界では70m台が5人という未曽有のハイレベルとなった男子円盤投げだが、大舞台では安定して実力を発揮できる選手がジャイアントキリングを果たすことも珍しくない。自己記録こそメダリストクラスには一歩劣るマティスだが、上位入賞を可能にするだけの力は持っている。
二位のワシントンは標準記録こそ突破していないものの、世界ランキングでは18位に位置しており、ターゲットナンバー36には間違いなく含まれるものと思われる。
ワシントンの父は1999年セビリア大会の円盤投げ金メダリスト、アントニー・ワシントン。一時は一線を退くことも考えていたエリートスロワーが、苦悩を乗り越えて父と同じ舞台に立つ日がやってきた。
男子ハンマー投げではアメリカ記録保持者のルディ・ウィンクラーが79m04で貫録勝ち。今季は80m88を投げて世界リスト2位のウィンクラーは代表内定。ダニエル・ホーが77m24のSBで2位、アレックス・ヤングが75m87のSBで3位に入った。
世界ランキングはホーが9位、ヤングが24位。この二人も代表内定がほぼ確定と言える。
余談となるが陸上記者の及川彩子氏によると、ウィンクラーとヤングは室伏広治の指導を熱望しているという。
世陸女王敗れる
女子砲丸投げでは、オレゴン世界陸上金のチェイス・イーリーが18m62で4位に終わる波乱。イーリーはワイルドカードを行使できるため全米選手権の結果に関わらず代表内定が確定しているが、二連覇に黄色信号が灯った印象だ。SBこそ20mを超えているが、6月から調子を落としており、本番までにどこまで本来の投げを取り戻せるかが焦点となる。
優勝したのはマギー・ユエン。男子砲丸投げのライアン・クルーザーが23m56の世界新をマークしたDrake Stadiumで20m45の特大スローを放ち界隈を驚かせた彼女が、好調そのままに全米を制した。
全米選手権では最終投擲で19m92のセカンドベストをマークし、二位以下を圧倒した。また、全ての試技で二位のアデライド・アクウィラ(19m02)を上回る離れ業も見せた。
参加標準を突破していたジェシカ・ウッダードは5位に終わったが、3位に入ったジャラニ・デービスがまだ参加標準を突破できていないため、出場の可能性は残されている。
女王復活の兆し
女子ハンマー投げは今季80mの大台を突破したブルック・アンダーセンが78m65で二連覇。
二位につけたのは2021年以来怪我に苦しんできたアメリカ記録保持者(80m31)ディアナ・プライスで、78m18のSBをマークしアンダーセンに肉薄した。記録水準としては2019年頃まで戻ってきており、世界陸上開幕まで調整が十分に積められれば再び大台を超える可能性もある。
プライスは今年6月に30歳の誕生日を迎え、年齢的にも円熟の域にさしかかってきている。ブダペストで新旧女王の激突、さらに今季はまだ71m台に留まっている五輪女王アニタ・ヴォダルチク(ポーランド)や若手のカムリン・ロジャース(カナダ)など、昨年以上に熾烈な展開が予想される。
三位にはオレゴン世界陸上銅のジャニー・カサナボイドが入り、実力者が順当に代表内定した形となった。
コバクス危うし
男子砲丸投げでは世界記録保持者ライアン・クルーザーが22m86で四連覇。今季は23m56という世界新を樹立しているクルーザーは、欧州遠征の疲労からかやや伸び悩んだ印象がある。それでも有効試技全てで22mを超えるパフォーマンスには脱帽だ。世界陸上四人目となる連覇に向け、死角は見当たらない。
昨年オレゴン世界陸上銅のジョッシュ・アウォトゥンデが22m10のSBで2位。ここ一番で一年ぶりの大台を記録する勝負強さが光った。昨年27歳にして世界陸上初出場を決めた遅咲きの選手だが、勝負強さと技術の安定感は特筆すべきものがある。特に、オレゴンで自己新を放ちトマス・ウォルシュを破って銅メダルを獲得した事実は値千金と言える。
三位に入ったのは自身初の22mプットを記録したペイトン・オッターダール。一投目に21m94、二投目に22m09の自己新をマークし、続く三投目でも21m93を放った。昨年9月に手術を行い、今季は復帰のシーズンだったが新生オッターダールとして見事完全復活を遂げた。
クルーザー最大のライバル,ドーハ世界陸上金のジョー・コバクスは21m90で4位。世界の舞台で初めて星条旗を背負った2015年に優勝して以降、5位に終わった2018年,全米選手権が開催されなかった2020年を除き必ずクルーザーに次ぐ二位入賞を続けていたコバクスだが、今回は表彰台全員が22m台ということもあり順位を落としてしまった。
今季も22m69でシーズンインし年齢を感じさせないパフォーマンスを示したコバクスだが、それ以降の試合で22m台がなく、調子を落としていた。昨年は世界歴代2位となる23m23でダイヤモンドリーグファイナルを制覇し、クルーザーを脅かす一番手として存在の大きさを改めて誇示した。今年の6月で34歳を迎える大ベテラン。年間を通じてクルーザーのように高い水準を維持することが難しくなってきている印象だ。
しかしコバクスの持ち味は大舞台での爆発力。代表内定さえ決定すれば、後は世界陸上に向けて入念に調整していくだけである。
同じアメリカで、往年の名選手であるアダム・ネルソンは36歳まで世界大会に出場した。コバクスは来年のパリ五輪、その翌年に行われる世界陸上東京大会を36歳で迎えることになる。競技人生の集大成に向け、ブダペストで最強のライバルを打倒し弾みをつけたいところだ。
世界一の選手層を誇るアメリカの男子砲丸投げだが、苦渋を飲んだ選手もいる。昨年オレゴン世界陸上で8位入賞を果たしたアドリアン・ピペリは21m48と奮闘はしたものの、ベテラン勢の高い壁に阻まれ5位。また、今季22mの大台に乗せたロジャー・スティーンも力を発揮できず21m12で8位入賞がやっとだった。復帰のシーズンとなったダレル・ヒルも4年ぶりの代表内定はならず21m38で7位。
世界大会の決勝かと見紛うようなレベルの高さ。改めて世界一の砲丸大国だと感じさせられるアメリカだが、私個人としては懸念がある。
現在アメリカの砲丸をリードするのはクルーザーやアウォトゥンデなど20代後半~30代の選手が中心。24歳のピペリが若手の筆頭に挙げられるが、上位層があまりにも強すぎるがために若い世代が伸びていないのではないか。
確かに、2000年代もネルソン,ホッファ,キャントウェルら“三銃士”が代表枠を占めていたが、彼らの衰えとともに今の上位世代、すなわちコバクスやクルーザーが台頭してきたのである。しかし、この二人の台頭により代表枠は実質一枠になってしまったこともあり、2016年以降の二人を除くアメリカ代表はヒル,オッターダール,アウォトゥンデ,ピペリの四人しかいない。それぞれ初出場が23歳,25歳,27歳,23歳。
今大会6位のジョーダン・ガイストもアメリカ以外であればエース級の実力を持つだけに、このまま世界大会出場することなくキャリアを終えてしまう可能性もあるのが恐ろしい。
果たしてクルーザーやコバクスが衰えた後、彼らに変わって大国の威信を背負える選手が育っているだろうか。ボルト引退後のジャマイカのようにならないだろうかと、一抹の不安が残る。
【全米リザルト】
https://results.usatf.org/2023Outdoors/
ノルウェー選手権
男子ハンマー投げでジャイアントキリングが起きた。トーマス・マーダルが76m92を投げて東京五輪銀、オレゴン世界陸上銅のエイビン・ヘンリクセンを破り優勝を果たしたのだ。ヘンリクセンの国内選手権連覇は13で止まった。
マーダルは国際大会で目立った活躍はなく、2021年の全米学生優勝が一番の実績と言えるだろうか。
ヘンリクセンは7月上旬現在標準を突破しておらず、ターゲットナンバーでの出場が濃厚となってきた。しかし大舞台での実力発揮に定評のある選手。ブダペストの地で80m台を記録しても不思議ではない。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7193283?eventId=10229621&gender=M
リトアニア選手権
円盤投げのファンが最も注目する選考会の一つがリトアニア選手権。マイコラス・アレクナが69m30を投げて貫禄の二連覇を果たした。
二位は兄のマルティナス・アレクナは63m26をマークし三位のアンドリウス・グドジウス(62m75)を抑えた。
兄弟揃っての世界陸上出場に期待が高まる。
全米学生で惨敗を喫したマイコラスだが、世界陸上を間近に控えて69m台まで戻してくる調整力はさすがの大器と言ったところ。フルエントリーで臨む世界陸上は、大先輩グドジウスや兄マルティナスの存在が必ず彼に絶好の風を吹かせてくれることだろう。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7194675?eventId=10229620&gender=M
ポーランド選手権
男子ハンマー投げはボイチェフ・ノビツキが79m96で優勝。セルゲイ・ブブカ以来の世界陸上六連覇がかかるパベウ・ファイデクは78m10のSBで二位となった。
ファイデクは今年34歳の誕生日を迎え、キャリアの集大成に近づいている。年齢を考えると、世界陸上決勝のみに照準を合わせ虎視眈々と偉業達成を目論んでいるだろう。
男子砲丸投げではミハウ・ハラティクが20m32で制覇。怪我からの復帰シーズンとなったコンラド・ブコビエスキは20m04にとどまった。
記録は低調だったが、ランキングはそれぞれ24位・26位につけており世界陸上出場は確定的と思われる。
問題は、近年世界大会決勝から遠のいているポーランド勢がどこまで上位に食い込めるかということだ。
トマシュ・マイェフスキやピオトル・マラチョフスキら有力選手の引退もあり、ドイツ同様投擲王国としての存在感が薄れてきているポーランド。世界の大舞台で少しでも爪痕を残し、投擲王国復活の狼煙を上げたいところだ。
女子ハンマー投げは世界記録保持者アニタ・ボダルチクが70m91で優勝し、マルウィナ・コプロンが70m54で二位に着けた。
ボダルチクは今月8日に38歳を迎える大ベテラン。ブルック・アンダーセンやディアナ・プライスら80mスロワーを擁するアメリカ勢相手に女王の意地を見せられるか、それとも世代交代を印象付ける大会となってしまうのか。
東京五輪以来の両雄激突から目が離せない。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7198552
ドイツ選手権
男子円盤投げは今季世界16位の66m42をマークしているHenrik JANSSENが63m93で優勝。世界ランキング上位につけており、世界陸上出場がほぼ確定した。
同じく今季好調の20歳、スティーブン・リヒターが63m57で二位、リオ五輪金メダリストのクリストフ・ハルティングが62m87で三位となった。リヒターは世界ランキング26位でこちらも出場濃厚。
しかしハルティングは7月25日現在36位と当落線上。
ただし、ランキングには落選した選手も含まれているため実際は世界陸上出場の可能性が高いと思われる。
同じくリオで銅メダリストとなった今季ドイツ最高をマークしていたダニエル・ジャシンスキは5位に沈んだ。また、U20世界記録保持者のミカ・ソスナは記録なしに終わった。
男子やり投げではジュリアン・ベーバーが88m72で二位に10メートル以上の大差をつけて優勝。
2010年代まで盛況を誇っていたドイツ勢は、近年有力選手の相次ぐ故障によりベーバー一強の状態が続いている。
それまではトーマス・レイラーやアンドレアス・ホフマン、97m76を持つヨハネス・ベターらが三強となって表彰台を占めており、ベーバーは実力者ではあるものの四番手の選手でしかなかった。
三強のうちレイラーは選手権出場こそ果たしたものの、記録は71m44と全盛期の面影はない。盛者必衰とは言うが、円盤投げ以上の隆盛を極めていただけに寂しい現状である。
世界記録保持者のユルゲン・シュルトを始め、かつてはラルス・リーデルやロバート・ハルティング、ダビド・シュトールなど数々の名選手を輩出してきた古豪・ドイツ。25歳のJanssen、20歳のリヒターが中心となってお家芸復活となる活躍を見せることができるか注目だ。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7197326?eventId=10229620&gender=M
イタリア選手権
男子砲丸投げはレオナルド・ファッビーリが21m80で二位のゼイン・バイアー(21m69)を抑えた。優勝記録21m80はファッビーリのサードベストであり、今季ベストの21m81に迫る大投擲だった。
自己ベスト21m99をマークした2020年以来の好調ぶりに、新たな22mプッターの誕生を期待せずにはいられない。
今季室内で22m06を投げているバイアーだが、屋外のベストはファッビーリと同じ21m99で、今季は21m74が最高だ。世界陸上で22m超えの投擲に期待したい。
イタリア記録はアレッサンドロ・アンドレイの22m91で、まだまだ遠い記録ではあるが少しずつ差は縮まってきたように感じる。
資格停止にまつわる引退騒動により競技から離れているニック・ポンツィオは当然ながら不参加。来年以降の復活に期待したい。
【リザルト】
https://worldathletics.org/competition/calendar-results/results/7199655?eventId=10229619&gender=M