6月下旬に行われた世界陸上ユージーン全米選考会2022。地元アメリカで開催される世界大会の代表権を賭け、4日間に渡る熱戦が繰り広げられた。
砲丸投げはクルーザーがV5
やはりこの男の独壇場だった。リオ五輪・東京五輪の覇者ライアン・クルーザー(ナイキ,29)が23m12を投げて快勝。ドーハ世界陸上の金メダリスト、ジョー・コバクス(Velaasa,32)が22m87で2位、ジョッシュ・アウォトゥンデが21m51で3位、全米学生王者のトリップ・ピペリ(テキサス大,23)が21m43で4位となった。
コバクスは世陸優勝者に与えられるワイルドカードにより既に代表権を獲得しているため、4位のピペリを含めアメリカは4人代表を送り込むことになる。
今季序盤は怪我の影響もあり世界室内で不本意な結果に終わったクルーザーだが、徐々に快復し5月下旬には23m02をマークして復調していた。全米選手権は今季屋外4試合目であり、今回は予選を設けず決勝一発実施の大会であったが状態の良さをアピールするには十分すぎるほどのパフォーマンスを見せた。
一投目、コバクスが22m87のセカンドベストをマーク。クルーザーは22m42とまずまずの滑り出しを見せたがコバクスにリードを許す展開となった。コバクスは二投目にも22m87を投げ、2019年以来の自己新、自身初の23m台が期待された。一方、クルーザーの二投目は23m付近に落下したもののファウル。
しかしそこは世界記録保持者の意地。クルーザーの三投目は世界記録ラインの手前に落下。23m12をマークしてコバクスを逆転。コバクスも三投目に22m62を投げ状態の良さをうかがわせたが、その後は記録を伸ばせず2位で競技終了。クルーザーは23m台を三回マークし、最終試技は22m98で終えた。
地力では頭一つ抜けているクルーザーとコバクスの一騎打ちとなったが、3位以下も熾烈な争いが繰り広げられた。昨年から力をつけてきているアウォトゥンデが3位に入ったことは私としては予想通りだった。自己ベストは22m00だが、このところ大きな試合では力を出しきれていたからだ。
個人的にはクルーザーの後輩にあたるピペリを応援していたが、彼は実力的には当落線上の選手。実績に勝るダレル・ヒルやペイトン・オッターダールの調子次第であると見ていたが、本調子ではない二人を相手に6回の試技全てで21m台を超える安定感が功を奏し4位を死守した。
しかし、競技の途中で不可解なファウルを宣告されたヒルがピペリを上回っていたという情報もある。さらにヒルはファウルの取り消しを求める請願書を提出し、物議を醸している。恐らく承認されることはないだろうが、もし承認されてしまえばピペリが落選してしまうことになる。ヒルは気の毒だが、ピペリから代表権を奪う結果にはならないことを祈る。
表彰台独占なるか
ユージーン世界陸上のアメリカ勢4人は、地力・安定感ともに歴代でも最高クラスの布陣と言っても過言ではない。砲丸王国アメリカは過去何度も代表を4人送り出してきたが表彰台を独占できたことがほとんどない。しかし、この4人であれば上位を占める可能性は非常に高く、地元アメリカ開催も手伝って過去最高の成績を収めることも夢ではない。
そのカギを握るのがトマス・ウォルシュ(ニュージーランド)であろう。2016年以降、クルーザー、コバクスと対等に渡り合ってきたのはこの男だけである。リオ五輪から東京五輪までの5年間、この三人以外で表彰台に分け入ったのは2017年ロンドン世界陸上のスティペ・ズニッチ(クロアチア)のみであるが、彼は既に現役を退いている。
クルーザー、コバクスを除くアメリカ勢にとっても、他国勢にとってもBIG3の牙城を崩すのは容易ではない。ドーハ以来アメリカの二人にやや遅れをとっているウォルシュだが、それでも今季22m31を投げて世界ランク3位につけている。クルーザー、コバクスともに自己新を狙えるコンディションなだけにウォルシュの動向が気にかかるところだが、本番で22mラインに苦戦するようであればアウォトゥンデやピペリにもつけ入る隙は十分にあるということである。
決勝進出の可能性
地力では上位3人に劣るものの、シニア初の世界大会出場となるピペリは決勝進出の可能性が非常に高い。クルーザー同様高い技術に裏付けされる安定性、毎試合21mを越えてくる再現性の高さから予選通過標準記録となるであろう21m付近まで投げることはそれほど難しくはないだろう。アウォトゥンデに関しても世界室内を経験しており、今季の試合では屋内も含め全て21m50を超える高い安定感を見せていることから4人全員での決勝進出、入賞の可能性は非常に高いと考えられる。
関連動画
クルーザー「ムエタイや柔術といった他のスポーツから学べることはたくさんある。動画を見て技術やトレーニングにも変革をもたらしたんだ。」
コバクス「世界陸上ではPBを出したい。過去最高に調子が良い。選考会で敗れた選手のためにもメダル獲得は義務・責任のようなものだ。僕はアダム・ネルソンやリース・ホッファ、クリスチャン・キャントウェルを尊敬している。彼らによって生み出された伝統をつないでいくことが僕たちの役目なんだ。」
円盤女王オールマンの貫禄
女子円盤投げでは初の世界陸上制覇が期待されるヴァラリー・オールマン(アシックス)が66m92で快勝。昨年に続く70mスローは見られなかったが安定したスローで危なげなく代表権を獲得した。
L.Tausaga-Collinsが64m69の自己新で2位、今季65m46の自己新をマークして好調のレイチェル・ディンコフは62m14で3位に甘んじた。
オールマン初制覇なるか
今季71m46のアメリカ新をマークして世界ランク断然トップのオールマンだが、世界陸上はまだメダルにすら手が届いていない。悲願の世陸・五輪二冠に向け着々と準備を進めている。
そのオールマンを追うのがかつての絶対女王サンドラ・ペルコビッチ(クロアチア)。今年32歳を迎えたペルコビッチは68m19でランク2位につけており、地力はまだまだ健在と言ったところか。
この二人を軸にした展開が予想されるが、前回女王ヤイメ・ペレスも忘れてはならない。今季は64m45に留まっているがディフェンディングチャンピオンとして易々と王座を明け渡す気はないだろう。
全米選手権、そして世界陸上の舞台となるヘイウォードフィールドは昨年オールマンが70mスローを果たしたスタジアム。現役世界最高のプライドが母国アメリカで爆発の時を待っている。
ハンマー投げはHaughが初優勝
昨年東京五輪のファイナリスト、Daniel Haughが自己新&自身初の80mとなる80m18で初優勝。優勝候補筆頭だったアメリカ記録保持者のルディ・ウィンクラーは不甲斐ない投擲が続き一投目の78m33で2位。東京五輪代表のアレックス・ヤングが76m60で3位だった。
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ノビツキに挑むアメリカ勢
東京五輪王者のヴォイチェフ・ノビツキ(ポーランド,33)が今年も絶好調。6月上旬にマークした81m58で世界ランク1位につけている。ノビツキの最大のライバルであり、世界陸上五連覇を狙うパベウ・ファイデク(ポーランド,33)も80m56で世界ランキング3位につけており、調子はまずまずのようだ。
今季は6月28日時点で80mを投げた選手が6人もおり、ハイレベルだった2000年代を彷彿とさせる。ウィンクラーが世界陸上までに80mを投げてくる可能性もある。ぜひともアメリカ勢にはノビツキやファイデクに食い下がって東京五輪のような熱戦を展開してもらいたい。
一つの時代が終わった女子砲丸投
女子砲丸投げは東京五輪代表のうち二人が落選するという波乱。今季20mプッターとなったチェイス・イーリー(ナイキ,27)が二投目に20m51の自己新・今季世界最高を放ち圧勝した。コバクスの妻であり、投擲ナショナルコーチのアシュリー・コバクス氏から指導を受けるAdelaide Aquilla(オハイオ州立大,23)が19m45で2位に入り自身初の世界大会代表権を獲得。3位にはJessica Woodard(無所属,27)が19m40の自己新で滑り込んだ。
東京五輪銀メダリストのレイブン・サウンダース(ナイキ)は18m95の4位、同じく東京五輪ファイナリストのジェシカ・ラムジー(アディダス)は18m78の6位に終わり代表権を逃した。
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“Shot Diva” サークルを去る
アメリカ記録保持者・リオ五輪女子砲丸投げ金メダリストのミシェル・カーター(ナイキ,36)はキャリア最後の試合に今大会を選んだ。昨年は足首の腫瘍除去手術により五輪二連覇の夢を絶たれ競技から遠ざかっていた。
大会前、自身のインスタグラムでこのように語っていた。
「ここまで長く素晴らしいキャリアを歩んでこれたことが自分でも信じられない。でも次に進む時が来たの。砲丸投は人生の大半(25年)生活の一部だったから、ほろ苦く感じているところもあるわ。競技者としてではないけど、これからも陸上とは関わっていく。」
これまで彼女のキャリアを支えてきた家族・代理人・スポンサー・ファンにしきりに感謝の意を表していた。
そして試合当日、17m72を投げて8位入賞を果たし“砲丸投の歌姫”は25年親しんできたサークルに別れを告げた。カーターの新たな門出に期待しよう。
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